​講師の想いと、これまでについて

​<井の中の蛙 時代>

私自身、ピアノに初めて触れたのが11歳と、とても遅いスタートでした。
家族、親戚の中で音楽をやる人はおりません。
 
始める前も後も、両親にずっと反対されていたので、
家のピアノは電子ピアノ。
月謝の高いところには通わせられないからと、
近所の、幼児教育科卒の先生のところでお世話になりましたが、
バイエルをただ弾いて、間違えずに弾けたら合格、
という、昔ながらのレッスンを受けていました。
基礎メカニックのことはもちろん、
フレーズのことも、調のことも、和音のことも、
音色のことも、上手な演奏のためのテクニックも、
ほとんど言われませんでした。
なので、親指はマムシ指、
指はのばした状態でつかっていて、腕や肩はガチガチ、
速い曲を弾くと途中で腕が疲れて、
押せば勝手に鳴るという音色で、ただ音符を追っていただけでした。
ですが幸い、
その先生は子どもの気持ちをよく理解してくださり
私のやりたいことをいつも尊重してくれる先生でした。
私はなぜか、とにかく最初からピアノに興味深々で、
勝手に本1冊全部弾いてレッスンに持って行ったり、
先生の難しそうな楽譜を大量に借りて譜読みしたり
ちょっと不思議な子どもでしたが、
 
先生がそれらを尊重して褒めてくれたおかげで、
ピアノをますます大好きになっていきました。
ゆえに音楽の道を志すようになり、
中学で一度それを相談したものの、相手にされず(笑)
高校に入学してから、再度かけあったところ、
ようやく先生が焦りだし、
このままでは到底音大なんか行けないからと、高1の終わりに、
隣町の音大受験専門の先生のところを紹介していただきました。

​<挫折① 高校2年から音大受験を目指す

 
新しい教室では周りの生徒さんたちと、自分のレベルの違いに愕然…
他の生徒さんは平気でショパンエチュードなんかを弾いてましたが、
私はツェルニー40番とか、易しいソナタをえっちらおっちら弾いてる状態…
新しい先生も焦り、とにかくまずピアノを購入しなさいとのことで、
ようやくアップライトピアノを購入してもらいました。
両親も頑固な私に折れ、現役合格を条件に、受験を認めてくれることになりました。
(落ちたら一般大学へ行くよう言われていました) 
基礎メカニックを見直している時間はなかったので、
そこから2年は、とにかく先生に言われたとおりに
受験曲のみを練習するという日々でした。
 
大学の教授のところへも飛行機でレッスンに通いましたが、
最後の最後まで「合格率は50%」と言われていました。​

​<挫折② 音大合格ののち、雑草根性で

先生たちのおかげでなんとか運よく第一志望の大学に合格。
ですが、そんな練習の仕方だったので、当然実力はさほどついておらず、
大学に入ってみて、またも周りの子とのレベルの違いに愕然。
大学の恩師からも「君は下手だからねぇ、しょうがない」と言われ、
悔しくて悔しくて、自身のピアノ演奏をなんとかしたいと、
本気で上達を目指すべく、自身の演奏について正面から向き合うようになりました。
そうして出会った先生たちの指導と、あらゆる演奏テクニック本を研究して、
自身の身体で試行錯誤を繰り返していくうちに、
ピアノ上達の真実と秘訣が見えてくるようになりました。
それに伴って、ピアノ演奏の方も結果がついてくるようになりました。
大学院に入学する頃には、自身の手が自由に使えるという感覚を持てるようになりました。

​<練習時間の量ではなく、上達にはコツがあった

ちなみに、初めてピアノに触れてから、
高2になって本格的にピアノを習いはじめた後も、今日に至るまで、
寝る間も惜しんでピアノを練習していたわけではありません。
 
中学の頃は部活に明け暮れていて、いつ練習していたのか思い出せないくらいですし、
高校は勉強にウルサイ学校だったので、さほど練習もしていませんでした。
大学に入ってからは生活苦で、バイトを3つくらい掛け持ちし、院卒業後はすぐに就職しました。
今思い返しても、ピアノ練習にだけ集中して取り組める環境ではありませんでした。
ただ、真剣にピアノに向かうようになってからは、
ピアノに触れている時間以外も、ピアノのことを考えている時間は多かったかもしれません。
 
演奏にかかわる文献をたくさん読んだり、音楽を聴いたり、
楽譜を眺めてイメージしてみたり、
よりよい演奏をするためにはどうしたらよいか
ということを考える時間は長かったと思います。
バイト三昧で、練習時間も少なく、家にはアップライトしかなかったのが、
 
むしろ 限られた環境で
いかに効率よく練習できるかを試行錯誤することにつながりました。
一番大変だったのは、身体の訓練でもなく、耳の訓練でもなく、
やるべきことがハッキリせず、何が正しいのかも分からず、
ゴールが見えない状態で試行錯誤して、行きどまったり、立ち返ったりしたことです。
そうして悩んで試して、結果が出はじめるのに3年かかりました。
ですがこの試行錯誤と考察の結果が、
今の私の演奏技術と、指導につながることになりました。
これらのことを全て言語化して、教えてくれる先生がいたら、
もっと短い期間で現在の状態になれたかもしれないと思います。
​なので、今は私がそのような立場になれるように日々奮闘中です。
ということで、こんな凡人の私でも、やり方さえわかれば、
弾きたいと思う曲を好きなように自由に弾けるくらいにはなりました。
 
そして、一度やり方が分かったので、年齢を重ねた今でも、
仕事が忙しくあまりピアノに触れられない日が続いても、
わりとすぐに感覚を取り戻すことができるようになりました。
 
大学院卒業後すぐに就職し、演奏については更に4年半のブランクもありますが、
それも2年ほどでほぼ取り戻しました。
演奏レベルについては、演奏動画をご覧ください。​

​<講師の想い

私は正直、一流のプロピアニストではありませんし、
一流の音大生のトップにいたわけでもありません。
 
でも、ブランクを経験してもなお、一応お仕事としてピアノを弾いたり、
たまに演奏会があれば、あれもこれも弾きたい、
どうしようかなーと贅沢に悩んで、
好きな音色を出したり、好みの演奏方法を試したり
自身が楽しむにも十分なレベルを維持できているかと思います。
 
昔、音符を追っかけるだけのピアノを弾くことも楽しかったけど、
現在の状態になって、
弾きたい曲を自由に選べて、自分の手が自由に動いて、
自分が出したいと思った音色が出せて、自分がやりたいと思う表現ができる 
ことがどれだけ楽しいことであるかをひしひしと感じています。
 
もちろん、さらに上達したいので、
私自身も音楽や演奏についての勉強は続けています。
ですが、そこに「こんなはずではない」という苦悩はほとんどありません
以前の私と同じようにピアノ演奏に悩んでいる方が
ご自身の悩みを解決して、
ますますピアノ演奏を楽しんでくれたら
こんなピアノの楽しみ方をする人がますます増えたら
ピアノをもっと大好きになってくれる人が増えたら嬉しいなぁと思います。
フィンガートレーニングによって
​そのような方々のサポートが少しでもできるようでしたら幸いです。
長文駄文、お付き合いいただきましてありがとうございました。
講師のピアノ遍歴についてさらに詳しくお知りになりたい方はブログもご覧ください
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